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カボチャ大好き!
2007 / 10 / 31 ( Wed ) カボチャの貢献度は、どのくらい? 「あなたは、カボチャ好きですか? きらいですか?」 と質問されると、「好きです。美味しいから。」 と即座に答える人がこの頃多いようだ。 ところが、戦時中に、米の収穫量が少なく、代用食として、カボチャや、芋類を沢山食べた経験のある方々の中には、「カボチャなんて、もう沢山だ。」 と答える人も、結構居る。 私の知人の中にも、カボチャを口にしない人が居て、カボチャが食卓に登場してくると、暗い顔をする。 (苦しかった頃の事を、鮮明に思い出すからだって。) 本当は、カボチって、栄養に富んでいて、健康食だと思うが、当節は、残留農薬の問題もあり、調理の際のひと工夫が、必要なので、「手間のいる食材だ。」と敬遠する人もいる。 輸入品も多く、年間を通して、食する事が出来るのは、カボチャファンにとっては、大変ありがたい事だが、食の安全を重視すると、輸入の際のチェックは、厳しくやって欲しいものだ。 消費者としては、記載されている項目を、信じて、購入するしか手が無い。 そこで、「安心できる食べ方と、調理法」 を、小まめに実行する事が、大切になってくる。 国産品でも、輸入物でも、残留農薬に不安があるので、ある本で調べたらしい友人が、こんな下処理の仕方を勧めてくれた。 皮の表面を、流水か、薄めた中性洗剤もしくは、せっけん液で、1分ほど、スポンジでこすりながら良ーく洗う。 (これで、農薬類は水に溶け出してくるそうだ。) さらに、しっかり除く為には、皮を、所々まだらに厚くむいて、皮の中の農薬を、引き出しやすくし、一度茹でる。 その茹で汁るは、捨てる。 マッシュや、スープにする場合は、さらにもう一度茹で、この汁を捨てて、調理すると、安全度は増すそうだ。 まるごと、オーブンで、焼く場合には、部分的に厚めにむいた状態で、もう一度、流水で、洗うと良いらしい。 (カボチャって、美味しいけれど、安全性を重視すると、こんなに手のかかる物だったのか・・と溜息が出るのは、私だけ?) ところで、今日は、ハロウィン(収穫祭)だってさ。 日本には、こんなお祭りは無いが、アメリカあたりでは、楽しい、国民的ビッグイベントらしいよ。 大人も、子供もみんなで、盛り上がる、厳しい冬の来る前の、お祭りだから、特別な意味が込められているのかな? 仮装していて、射殺されたりするのは、悲しいが、とにかく、こんな暗いニュースの多い昨今だから、みんなで楽しめるイベントがあることは、良いことだ。 ここでの、主役は、「カボチャ君たち」 日本でも、商魂たくましく、夏の終わり頃から、スーパーや、レストラン、ファーストフードのお店、・・などで、盛んに「ハロウィン」 をうたい文句に、商戦を繰り広げている。 オレンジ色に、黒い色の細工を施されたカボチャが、人々の目を楽しませてくれる。 置物や、帽子、マント、おもちゃ入れ、お菓子の箱、・・とアイディアを生かせて、集客に余念がない。 (「ハロウィン」 何これ? と年配者が、陳列商品の前に立ち「止まって、きれいな置物だねえ。」 と感心しているが、カボチャが、原型であるとは、思わない様だ。) 「カボチャの重量当てクイズ」、や特別企画のカボチャメニュー、期間限定割引販売・・など、この時期は、どこでもカボチャだらけ。 このイベントの為に、売上向上にカボチャが一役買い、おもちゃや、お菓子を、余分に買って貰った子供たちが、ハッピーなら、世の中平和だ。 筆者も、レストランで、支払いを済ませる直前に、小さな紙片を渡され、店頭に置いてある、カボチャの重量を書き込んで、傍に置いてあるボックスに投書したのだが、・・「当たるかな?」 正解の発表は、明日。 さて、この頃は、カボチャにも、「お化けカボチャ」 とも言えるほど巨大な物から、子供の手のひらにスッポリと治まるサイズの「ミニミニ カボチャ」 までいろいろある。 味も、それぞれに、ホクホクしたものや、むっちりしているもの、甘いもの、さっぱり目のもの、など個性豊かだ。 色や、形も、様々だ。 オレンジ色、薄い緑、濃い緑、ずんぐり型、ヒョロリと細長いもの、・・など。 煮物に向いている物や、オーブンで、こんがりと焼き上げて食べるのが、お勧めの物など、ある中で、私は、「坊ちゃんカボチャ」が、気に入っている。 小さくて、食べ切りサイズだから、残る心配がなく、苦労して、カットする必要が無いので、扱い易い。 それに味も良い。 種を刳りぬいて、詰め物をし、ホワイトソースをかけて、オーブンで焼く。 焼き上がって来た アツアツをスプーンですくって食べると、農薬の心配など、どこへやら・・・・忘れてしまって、「満足度 100%!」 の笑顔で幸せ気分にひたれる。 大きいカボチャと、小さいカボチャ、「あなたは、どちらがお好き?」 と聞かれたら、あなたの答えは、どちらでしょうか? まあ、どちらにしても、世の中に「幸せをもたらすカボチャ」に乾杯! 冬至には、カボチャを食べる習慣が日本には、あるが、しんみりと食べないで、気の合う仲間たちと、わいわい楽しみながら、「カボチャの煮物」で、盛り上がってみるのも一興です。 これもアメリカの話だが、テレビでは、お祝いムードに,わいているボストンの様子が、度々報じられている。 地元の野球チーム「レッドソックス」が、優勝したとやらで、お祝いムードいっぱいなのだ。 チームカラーの赤、赤、赤! (何となく我が、「浦和レッズ」 の熱狂的なファンたちの行動に似ていませんか? 本当に、街をあげての大祭りですね。) (日本人の「松坂投手」の顔を、もう何度見たかな? おめでとう!) 世界中から、テロや戦争が無くなれば、どんなに素晴らしいでしょうね。 泣いている顔より、やはり、笑っている顔の方が、良いですね。 (だから、ニュースも明るい方が良い。) そんな平和な日が、来る事を願って、今日のところは、主役の「カボチャ君たち」に 乾杯!
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知ってて助かった11円療法
2007 / 10 / 30 ( Tue ) 11円さん、ありがとう! 「当節は、本を読む人が、少ない。」 と嘆いている人がいる。 けれども、本って、紙の温かみがあり、パッと開いて、すぐに読めるので、好きだ。 電子ブックも、今風で、本の様にがさばらず、それなりの良さはあるのだが、今しばらくは、紙の本を手にし、木の椅子に座って静かに本を読む時間を大切にしたいと思っている。 最近、刑部先生(おさかべせんせい)の、11円に関する本について、機会のある度に読み返してみている。 勉強で、抜けている部分の確認と、先生の提唱されていた、「ツマ楊枝ツボ療法」 の研究の為に。 これらに関する書籍類が、本屋さんで見かけられなくなっているので、買い替えが出来ない寂しさを感じている。 (読めないほどボロボロになる前に、記録しておかなくっちゃ・・ネ!) こんなに、家庭療法として、役立つものなのに、「過去のもの」になりつつあるのが、残念だ。 今日、先生の出版物に関しての問い合わせも兼ねて、先生の奥さまに久しぶりに御連絡させて頂いた。 電話の向こうから、「チャキチャキ江戸っ子」ぶりを、思わせるお元気そうな奥さまのお声が、聞こえて来る。 今年の暑い夏も、大変お元気で過ごされたそうだ。 (良かった!ひと安心) でも、「主人の本は、きっと図書館で見つける事が、出来るだけかも知れませんよね。」 と言うお答えだ。 折角、研究された11円療法を、忘れ去ってしまうには、勿体ない。 「図書館が頼みの綱」 らしいから、もし、時間と興味のある方は、お近くの図書館で、刑部忠和先生の、11円に関する本を、 (何冊も出版されていますよ。) 探し出して、読んで見られる事をお勧めする。 私が、11円療法を推薦する理由は、幾つかあるが、先ず、高額な費用がかからない。 (必要なのは、10円玉と1円玉、それに止めるための絆創膏だけ・・。) 簡単な事から、実践してみると、イザと言う時に、手軽に治療する事が、可能だ。 (チョイと貼り付けておくだけで良い・・) それに、失敗しても、危険性が無い。 (アンレ、思ったほど効かないや・・! とがっかりするのは、自分持ち。) ただし、もっと、知りたいと思う方は、奥が深いので、研究テーマとしては、面白いですぞ。 以上の様な訳で、我が、「自己健康管理のススメ」 としては、11円療法を、過去の研究として、すっ飛ばして、行くには、忍びなく、家庭療法の一つとして、みなさんに、「お知らせ」する事にしたのだ。 「11円で、こんな事も出来るのか?」 と興味を持って頂けば、どこかで、役立つと信じているから。 (何かのご縁で、11円療法関連の本を、手にする機会が、得られるかも知れませんよ!) 私は、この治療法で、何度も助かっている。 例えば、栃木県の塩原では、ミツバチに刺されて、困った時。 列車の中で、膝が腫れ、歩行困難になった時。 肩コリで、気分が悪くなった時。 入院中、強い薬のせいで、胃が激痛を起こした時。 目が疲れて、困った時。 など。 だから、きれいに掃除した10円玉と1円玉、それに絆創膏は、大抵、バッグに入れて持ち運ぶことにしている。 (緊急時に、役立つから。) そこで、問題は、汚れている10円玉を、きれいにする方法だ。(肌に、直接貼り付けて使うのだから、治療に入る前に、先ず、やるべき事なのだ。) 「コカコーラに、漬けておくときれいになる。」 と教えられたので、やってみたが、イマイチ。 「入れ歯洗浄剤(ポリデント)が、役立つだろう。」 と提案する人がいたので、 早速買って来て、試してみたが、これもダメ。 台所用の磨き粉で、力一杯擦ってみても、腕が疲れるばかり。 あの手、この手、と試してみたが、思わしい結果が出ない。 がっかりしている私を見て、友人が、「お酢に、多めの塩を入れ、10円玉を漬けて置くと、きれいになる。」 と教えてくれた。 (本当だ! 何と、こんな簡単な洗浄法があったのか!オドロキ!) 何分も立たないうちに、見事にきれいになった10円玉。 それを、好みで、少し磨き上げても良し、そのまんま、水でゆすいだ後、サッと拭いて、使っても効果のほどは、変わらない。 1円玉の方は、普通に洗剤を使って洗浄すれば良いだけ。 準備は、オーケー。 あとは、 ルン、ルン、気分で、治療したいところへ、10円玉、1円玉、をお気に入りの絆創膏を使って、順序良く貼り付けて、おしまい。 と、こう言う訳。 「実は、私は、名医だった!」 と感心するほどですよ。 もしも、11円療法に関する本に出会えたら、ご自分の知りたい部分の、「治療に関するページ」 を見つけ出して、実践してごらんなさい。 きっと、その手軽さ、速効性に驚きますよ。 そして、この研究の成果を、書物にして、残して下さった、刑部先生に感謝するはずです。 |
11円を、役立てるには。
2007 / 10 / 29 ( Mon ) 11円療法との出会い。 財布の中に、10円と、1円が入っていると、何となく安心するようになったのは、刑部先生(おさかべせんせい)の、「11円療法」に関する、講演を伺ってからだ。 埼玉県、越谷市で行われた 「琵琶の葉」 研究会のゲストスピーカーが、その年、たまたま「11円の先生」 だったのだ。 御自身の著書を沢山出版され、 テレビや、あちらこちらでの講演会で、「11円」の使い方を話されている先生のお話だから、「是非、参加する様に。」 とのご案内を頂いたので、参加させて頂いた。 その日、最前列の、真ん中あたりの席で、お話をお聞きする事が出来たのは、大変恵まれていたと思う。 臨場感が有り、先生の、健康管理に関する熱い思いが、直に伝わって来る。 「自分自身でも何か、出来る事をやらなければ・・・」 と思わせる様な、内容の濃いお話編と、11円を使って、実際に治療して見せて下さる実践編の二部構成で、あった。 一通りの、お話が終わった後で、私が、「先生、1円じゃなくって、100円か、500円の方が、利きが早いと言う事は、無いのですか?」 とバカ丸出しの質問をした。 他の参加者達も、同じような事を考えていたらしい。 「そうだよねえ、大きいし、ツボに当たらなくても、外れは少ないかもねえ?」 なんて、てんでに口にしている。 先生は、「10円硬貨は銅でしょう? 1円硬貨はアルミです。 この治療法は、人体の電位差を利用する方法なので、、電位差の高い銅の10円硬貨と, 電位差の低いアルミの1円硬貨をペアーとして使うのです。」 と答えられた。 「人生の三大愁訴と言われている、痛み、しびれ、マヒ、を取るのに鍼灸師は、日夜、悪戦苦闘しているんです。 とにかく、症状を良くして上げたい・・と言う思いで、患者さんを治療しています。」 とも付け加えられた。 次々と愁訴を取って頂いている人々を眺めながら、「こんな事が、出来たら、素晴らしいな!」 と、しきりに感心していたのは、私ばかりではなかった筈だ。 さっきまで、足を引きずって歩いていた人が、11円玉を、貼って頂いた直後には、もうピンシャン歩いている。 腰痛で、そろそろ先生に近付いていた人が、最後の一個の1円玉で、ビシッと腰を伸ばして、サッサカ、サッサカ、と自分の席まで、引き上げて行く。 五十肩で、腕の上がらなかった人が、サッと、まっすぐ上に手を伸ばす。 それも全く痛がらないで… 「え? 何が起きたのだろう・・? こんな事ってあるのかな?」 でも、実際に奇跡みたいな事が、自分の目の前で起きているのだから、疑う余地はない。 まるで、魔法みたいだ。 「こんなに、速効性があって、みんなが助かるのなら、絶対にこれを学びたい!」 と意を決して、本を買い込み、読んでみたが、奥が、深くて、難しい。 (あんりゃ、こりゃあ、素人には、無理じゃないのかい・・?) 優しそうに書いてくださっているのだが、・・? 第一、ツボの名前が、まるで、外国語ではないか。 図解があるが、・・? そこで、もう一度先生にお会いして、教えを請いたいと思い、何度かお電話をして、やっとの思いで、アポイントが、取れた。 嬉しくて、その日が、来るのが待ち遠しかった。 少しでも勉強しておこうと、先生の著書を精読し、質問も準備していたのだが、大変残念な事に、二度と先生にお会いする機会は得られ無かった。 過労のためだか、先生が、急逝されたのだ。 ! ? ! それでは、もう勉強を断念するか、あるいは、本を片手に、独学するかの二者択一だ。(どうしよう、?) 研究を止めるのは、簡単だが、こんな、役に立つ事を、諦めるのは、勿体ない。先生の著書が、残されているではないか! 一大決心をして、カタツムリの様ではあるが、私流11円療法の勉強がその時から、始まった。 先ず、11円を、きれいに磨く所から始まり、ツボを探す、そして、貼ってみて、効き目を試してみる。 これの繰り返しだ。 何冊もある、先生の著書を読み返し、気の流れを調べる。 この勉強法で、多くを学んだ。 現在も勉強中であるが、私にとっては、終わりの無い学習である。 何かのご縁で、この治療法との出会いが、あったのだから、役立てる事が出来れば、大変嬉しい。 旅行中、急に膝が痛くて、動けなくなった時など、助かりますよ。 チョイと貼り付けておけば、動けますから。 全ての治療法を、ご紹介する事は、出来ないが、いくつか、簡単に出来そうなことを、実践編として、次回、ご紹介する事にしよう。 続きは、10円の磨き方から。 お楽しみに。 |
1円玉と10円玉は、役立つか?
2007 / 10 / 28 ( Sun ) 電子マネーの時代に思う事。 近所に、イーオンと言う大型店舗が出来た。 大型駐車場を持つこの店舗は、週末や、国民の祝日などには、「どこから、こんなに多くの人が、集まって来るのか?」 と驚くほど、大勢の買い物客でごった返す。 広大な売り場面積を持ち、食事、お茶を楽しむ事から、ゲームセンターまで完備しているので、休日を家族で過ごすには、「楽しい場所」と言えよう。 親子連れや、仲良しのお友達同士、若いカップルなどが、思い思いのコーナーで、休憩をしたり、食事を摂ったり、・・と、どこかの小さな町よりも活気があり、賑わっている様である。 冷暖房完備のビルの中で、気候や、天候に左右される事無く、用が足せるのも、高い集客率を確保できる、大きな要因となっている。 生鮮食料品は勿論のこと、ペット用品から、輸入品、家電製品、リフォームショップ、コーヒーショップ、各種専門の飲食店、さらに映画館に至るまで、揃っているから、便利なのである。 ハワイの巨大ショッピングセンター、「アラモアナ」 程の規模ではないが、今日の、顧客の生活スタイルや、家族構成、彼らのニーズまで、良く研究して、運営されている。 一昔前の、「買い物だけをするスーパーマーケット」とは、一線を画し、店舗内で、ゆとりを持って、楽しみながら、時間を過ごせる工夫が、なされている。 私は、ここで、買い物の合間に、三階のウッドデッキに腰かけて、お茶をしたり、しばし、コーヒー片手に、数独(ナンプレ)を楽しんだりする事が、よくある。 (小さな贅沢・・・、アクセクする事を離れての、ちょっとしたゆとりタイムなのだ。) 知り合いの大学院生は、連休を利用して、郷里の新潟から上京してきた友人と、まる一日、ここで、楽しく過ごしたらしい。 (スターバックスの、コーヒーもモテモテの大活躍だよ!) ここでは、顧客の「囲い込み」を図ってか、独自のプリペイドカードが利用できるので、買物の都度、現金を出し入れする必要が無い。 ポケットの財布から、小銭を探し出す手間が、要らないのだ。 まさに、電子マネー社会の、到来だ。
ところで、私は、先日、面白い場面に出くわした。 小学生くらいの男の子が、お母さんと連れだって、買い物をしている。 カートを押す母親と、並んで、果物を物色している様だ。 輸入果物や、国産の果物が、見栄えよく並べられていて、大勢の家族連れが、お気に入りの品物をカゴに入れている。 陳列棚の隅の方に、白っぽく光る、小さな物を見つけたその子は、「アレ、お金が落ちているよ!」 と弾んだ声で、母親に訴えている。 それを、凝視しながら、興奮気味に 「100円かなあ?、500円かなあ?」 と男の子。 その白っぽく光る、小さな物に、チラリと目を遣った母親は、「ン? 1円だわよ。 放っておきなさい!」 と即答する。 未練がましい顔をしながら、「本当に100円じゃないの? 500円かもしれないよ?」 と小声で答えながら、遠ざかって行った。 (1円を笑う物は、1円に泣く! ですよ。) (もしも、あれが、本当に500円だったら、どうしたのかな?) 「可哀そうな1円さん・・ お前さんも使い方によっては、急病人を助ける事が、出来るのにねえ。」 と思いながら、レジで、精算をする際に、ヒョイと、レジ係のお姉さんに、それを差し出した。 「あそこに落ちていましたよ。 拾得物です。」と言って、1円を差し出した私を見て、怪訝そうな顔で、「ありがとうございます。」 とレジのお姉さんが、とりあえず答えてくれたが・・・・ 「たった1円ですか?」 と言いたそうな表情が、可笑しかった。 1円は、10円と組み合わせて使うと、「とても役に立つ、医療機具」に早変わりする事を、皆さんご存じ無いのですね? 実はね、電子マネーでは、いくら大金が入っていても、「医療器具」 としては、役立たないけれど、1円玉(アルミ)と10円玉(銅)の組み合わせで、腰痛、肩こり、ひざ痛、ハチ刺され・・・・など、驚くべき威力を発揮するのだ。 普段から、この治療法を知っておくと、大変役立つこと、間違いなし。 11円の治療法については、刑部先生(おさかべせんせい)とおっしゃる方が、何冊も本を出され、家庭療法として、この簡単で、害の無い治療法を広めようと、御尽力されていたのだ。 残念ながら、故人となられた今は、出版物として、書籍が、我々の手に残っているのみ。 一度だけ、この先生の講演をお聞きした事がある。 10円と1円をピタッとツボに当てて貼られた時の、速効性には、目を見張るものがあった。 これは、画期的な治療法だと思った私は、 再度お会いして、もう少し具体的な教えを請いたいと思い、アポイントを取っていたが、実現される事も無く、終わってしまった。 奥さまのお話によると、丁度お会い出来るはずの日の、1週間前に急逝されたそうだ。 その後、奥さまから、いろいろとお話を伺いながら、先生の残された書籍類を頼りに、勉強させて頂いている。 11円と絆創膏があれば出来る、不思議な治療法は、多くの人々に役立つこと間違いなしだ。 外出先、や、緊急時にも役立ちますよ。 何でも、「知っていて損は無い。」 のですよ。少しだけの探究心と、前向きな姿勢があれば、一つでも、二つでも、覚えられるものだから、是非、覚えてほしい。 このカード社会で、誰からも忘れられている存在の様な、11円が、どの様に役立つのか? 次回のお楽しみとしよう。 1円を軽んじないで下さい。 10円と共に、大切にして下さい。きっと、役立つ時が、ありますから! |
「油断大敵」! 体を温めよう。
2007 / 10 / 27 ( Sat ) 体温管理は、健康管理の第一歩
台風20号が、本州に接近しているらしく、今日も雨。 カタツムリは、喜ぶだろうが、雨降りが続くと、やはり鬱陶しい。 風邪を引かない様に、体温を下げない工夫に余念がない。 特に、手足の保温には、気を付ける。 暑い間は、クーラーで、体を冷やしていても、心地良いと、感じるから、大抵の人が、「冷え」に対して、無頓着な様である。 だから、秋風が、吹き始めて、体が、ホッとする頃、体調の異変を感じる人が、多い。 体温を下げる事の怖さを知らないでいると、そのツケは、自分で払う羽目になるので、くれぐれも気を付ける事だ。 私は、若い頃、夏の冷やし過ぎで、秋口に体調を崩し、内科の先生に2か月も、お世話になったことがある。 若気の至りで、ガンガン冷やした部屋の中で、「クーラーなんて言う、有り難い文明の利器を、大いに活用しよう!」 とばかりに、薄着で、過ごした結果のツケだった。 以来、夏の冷やし過ぎには、注意を払う様になった。 「怪我の功名」で、外出時には、必ず冷気から体を保護できる物を、持ち歩くことにしている。 (夏場の外出時の荷物が、大きくて、格好は、悪いですよ。) 秋から、春先までは、大体外気温が低いので、寒さ対策は講じているが、それでも、薄着で、震えている人を、見かける事がある。 「薄着の方が、格好良く見える。」 と思われるからかも知れないが、健康維持を度外視して、美容に熱心なのも、「本末転倒」 だろう。 「子供の厚着は、良くない。」 と言われていた事を思い出すが、これも体調や、環境に応じて、臨機応変に、賢く実行するべきだと思う。 当節、低体温の人が、結構多いらしく、体温35度代なんて言っているのを、よく耳にする。 人間の体温は、0.5度下がると、グッと病気にかかる率が、上がるから、「体温管理には、十分な注意をして下さい。」 と警鐘を鳴らしている先生方もいらっしゃる。 体温を上げるために、真綿を着たり、カシミアを着たり、ホカロンを入れてみたり、ありったけの工夫をして、暖をとる努力をするが、最も効率的な方法を、見つけ出した者の勝ちだ。 温めながら、尚且つ、体の疲れを取る工夫が、おススメ。 だから、衣類の素材は十分研究する必要がある。 効率よく健康維持が図れれば、それに勝る事はないではないか。 肩を凝らさないで、パソコンが、使える。 腰痛を軽減しながら、立ち仕事が出来る。 これらが出来れば、「文句無しに、快適な、効率の良い仕事環境を得られた。」 と、言えないだろうか。 筆者は、いろいろと試してみた結果、自分に合った物に、やっと出会えた。 多くの情報の中から、正しい情報を選択して、先ず、自分のニーズに合った物を試してみる事が、肝心だ。 自分にとって、最も効率よく使える方法を工夫する必要があるので、お金も、時間も、手間もかかる。 しかし、かけがえの無い自分の健康維持の為には、あらゆる努力を惜しんでは、本物に出会えない。 それに、どこか、不具合がある場合には、一手間かけて、改良する意気込みも必要だ。 世の中には、沢山の優れ物がありますよ。 大切な自分自身の体の為に、研究して下さい。 本当に必要な物が、見つかるまで。 私は、知人や、友人たちによく言う。 「自分自身の体が、たった100円しか価値が無いと思えば、それ以上の対価を払って、良いと思う物を入手する事は無い。」 そして、「おんぶに、抱っこ。ではダメ。」 と。 (しかし、・・他力本願の方々が、多いですねえ!) 先日行った、藤沢の内科医が、こぼしていたが、「自分の病気をまるで人事の様に考えている。 何とかして下さい。」 これが、ほとんどの患者の態度らしい。 一人ひとりが、「世の中の役に立つ有意義な人生」 を送りたいのであれば、もっと、各自が、自助努力をしなければ、ならないと思う。 機会がある度に、研究しましょう! まあ、こんな面倒臭い話は、今日の様な天気の日には、向かないから、最後に美味しい「中華まんじゅう」のお話をしよう。 (さっき蒸し器にセットしておいた物が、丁度食べ頃の様です。) こんな素敵な「中華まんじゅう」 が届いたら、どんな顔して食べようかと、考えて楽しんで下さい。 もしかしたら、あなたの所に、数日中に送られて来るかも知れませんよ。 横浜「聘珍樓(ヘイチンロウ)」 の「聘珍極上饅」。 一個約1000円。 縦23センチ、横17センチ、マチの深さ5センチの貫禄のある、立派な袋に入っている、300グラムの特大中華饅。 中火で、約20分ほど蒸して、ホッカホカを、フーフー言いながら食べる。 フカヒレ、金華ハム、丸ごとの特大ホタテ貝柱、大きな海老、などが、どっさり入っていて、普通の肉まんとは、全く違う。 外側の白い皮も、特製らしい。 さすが、「聘珍樓」 と思わせる贅沢な逸品だ。 これを、蒸し上げて、美味しいお茶を入れ、日頃の煩わしい出来事から、しばし解放されて、食する時のしあわせ! 健康な消化器に感謝だ。 胃も、腸も元気だから、こんな美味しい物が頂ける訳よ。 日頃の健康管理の努力に対して、「御褒美」と言うところ。 一個食べると、しばらく何も要らない。 もう、お腹いっぱいです。 体は温まって来たし、元気が出て来たよ! 「能無しの、食工夫。」 なんて、誰が言ったのかなあ? 本当の「能無し」 には、こんな美味しい食工夫は、出来ないと思いますが・・? 今夜、関東地方に台風が、最も接近して来るそうで、雨脚も先ほどより、少しずつ強くなって来ましたよ。 大きな被害の無い事を願っています! |
人の役に立つ仕事とは?
2007 / 10 / 26 ( Fri ) 誰かの役に立つ事は、大きな喜び。 昨日の好天とは、打って変って、今日は朝から、雨だ。 天気予報、的中である。 (こんな日は、喘息患者にとっては、特に要注意) パッと晴れた日は、心も晴れやかになるが、雨の日は、なぜか心が、幾分か重い。 積極的に、気持ちを明るくしようと、無駄な努力をしてみても、長〜いドレスを着て、重い裾を引きずりながら歩いている、没落貴族のオバサンの様な気分だ。 楽しい事や、心が、ワクワクするような事が、思い浮かばないから、とりあえず、さっきヤマト運輸のお姉さんが、雨の中を、配達してくれた段ボールの中味を覗いてみる。 箱の中には、友人が、プレゼントしてくれた野菜や果物が、丁寧に梱包され、行儀良く、並んでいる。 梨、りんご、生姜、ひらたけ、白菜、里芋、ホウレンソウ・・ちょっとした小さな八百屋さんみたいで、「お店やさんごっこ」 が出来そうに種類が多い。 EМ(有用微生物群)と言う物を使用して、栽培された特殊な作物だから、いろいろな地域の農家から集められた希少価値のある物だ。 (思いやりと、優しさを頂いて、こんな日には、特に元気が出ます。) 何だか、悪い予感がしたが、まあ、「やらせてみるか!」 と、持たせる事にした。 転んで、怪我さえしなければ、良しとして、何度も道路上に転がるキャベツを横目に、我が家まで、オテツダイをして貰った。 (知らない人が見ると、「継母にいじめられている可哀そうな男の子」の様に、見えたかもしれませんね。) やっと、我が家に辿り着いた我々を見て、先ほどの奥様が、「アラ、ヒロちゃん、お帰り!良くお手伝い出来たねえ。 お母さん大助かりだわよ!」 と声をかけてくれる。 |
まぼろしの天狗黒茶
2007 / 10 / 25 ( Thu ) 霊峰石鎚山麓で見つけた黒茶のこと 今日は、朝からとても良い天気、絶好の家事日和だ。 早いうちに、洗濯物を片づけて、その後で、お勝手の片付けをしようかな? この頃、夏の疲れが出てきたのか、体調は、黄色信号に近い。 美味しい物の多い季節だが、要注意だ。 (ちょっと、疲れの出ている胃腸を労わって、今日のお茶は、黒茶にしよう。) ベランダから、遠くの空を眺めながら、ふと、毎年、この黒茶を、供給して頂いている近藤様グループの、「今日の遍路の旅、最終コース」に思いを馳せる。 今日のコースである、香川県は、天気が良いのだろうか? 昨日のお電話では、今年の、四国八十八か所のお参りは、今日の香川県の札所巡礼で、終わりだそうだ。 紅葉には、まだ早いだろうが、好天に恵まれて、「素晴らしい祈りの旅が、出来ます様に!」と願っている。 四国八十八か所巡礼の旅の納めは、もちろん、高野山(和歌山県)だ。 きっと、来月行かれるのだろう。 1ラウンド約1400キロの四国内の旅のフィナーレが、高野山、奥の院だから、この地にたどりついた時には、みんな、感無量なのだ。 (ありがとうございます!と言う言葉が、ぴったりとあう。) このグループのお遍路さま方は、毎年、お大師様の足跡をたどって、修行させて頂いていることで、新しいエネルギーと、心の元気を頂くそうだ。 そして、隣人に、優しさを分け与える事の出来る力を、増幅させて頂き、さらなる利他行に励まれている様だ。 「祈り、働く。」 と言う、お大師様の教えを、実践していらっしゃる事は、素晴らしい事だと、頭の下がる思いである。 「遍路の旅も、人生も同じ事だ。」 と言われた、ある行者さんの言葉を思い出す。 (そうだよねえ!・・) 今日のテーマ、「まぼろしの、天狗黒茶」作りは、このグループが利他行の一つとして、始められた事業だ。 失われつつある、伝統的な「お茶づくり」 を、次世代に残すこと。 本物の良さを、多くの人々に、役立てて頂くこと。 これらを、目標として、あらゆる困難を、克服しながら、今日まで、製造を続けられたそうだ。 このお茶は、山岳信仰で知られる、霊峰石鎚山のふもと、愛媛県西条市小松町に伝わる、発酵茶である。 独特の酸味と風味のある、素朴な「お茶」だ。 全ての作業を、機械を利用せず、手作業に頼っているから、、大量生産は、出来ない。 近藤様をリーダーとして、一年中で、一番暑い時期に、二度の発酵をさせて、「黒茶」を作るそうだ。 お茶の葉っぱを切ったり、蒸したり、手でもんだり、石鎚山のふもとの気温の低い場所まで、発酵させるために運んだり、・・ 大変作業量の多い、重労働だと聞いている。 お茶の葉は、消毒をしないので、残留農薬の心配がない。 昔スタイルで、作る訳だから、添加物も無く、安心して飲めるので、筆者も、この「勿体ないお茶」 を飲む度に、この方々のご苦労を思い、感謝している。 なんだか「お大師様の香りのするお茶」 の様に思えて、有難く、懐かしい気持ちが湧いてくるのが、不思議だ。 (祈りながら、作ってくれたお茶だからかなあ?) 生産される量が、少ない事もあって、「まぼろしの・・」と言われているのかも知れないが、むしろ、私は、嘘、偽りの無い「真面目なお茶」、「心のこもったお茶」、と言う意味で、当節、「滅多に出会う事の出来ない希少価値のあるお茶」 だと理解している。 胃腸の調子が、「イマイチ」 の時には、特に、お勧めである。胃腸に優しくて、気持ちが良くなるから、重宝だ。 また、覚醒作用が無いのか、安眠を妨げられることも無いので、時間かまわず飲めるのもありがたい。 中国のプアール茶とは、違った味と、香りを持つ、独特の健康茶だ。 見かけは、素朴だが、私は、お茶として飲んだり、粉末で、御飯に炊き込んだり、ちょっと酸味があるのを利用して、ハーブの代わりに、カレーや、トマト料理に利用している。 料理の仕上がりが、とてもさっぱりとして、食べやすく、 ご飯に入れて炊くと、焦げ茶色のご飯に仕上がるが、消化が良い。 折角、大変な労力を使って、作られた物だから、粉に挽いて、捨てるところなく、全部食べてしまうのが、この黒茶の理想的な有効利用法と言えよう。 とにかく、非常に利用範囲の広い「発酵茶」なので、このグループが、四国巡礼の旅を続けられる限り、ずっと、作り続けてほしいと、願っている。(もちろん、後継者が、育てば、喜ばしい事なのだが・・・?) 最近は、グループの高齢化が進み、リーダーも、点滴のお世話になりながら、作業をされるらしいので、秋風が吹き始める頃、「今年も、無事にお茶が終わりましたよ。」 と言うお電話を頂くとホッとする。 あまり、ご無理をされてもいけませんが、今後も、この「天狗黒茶」 を、何とか継続して供給してほしいと願っているのは、私だけではないだろう。 (文殊菩薩様のお知恵を、拝借できませんか? 何とかなりませんかねえ? 継続できる良い手だて、ありませんでしょうか?) さて、出かける前に、もう一杯、黒茶を飲んで行こうかな? 胃腸が、元気になるからね。 あなたも一杯いかがですか?
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安全な食べ物探し。
2007 / 10 / 24 ( Wed ) 医食同源。食の安全性と利便性の挟間で・・ ほかほかと、湯気の立ち上る「おでん」の土鍋を囲んで、一家団欒なんて、良いですねえ。 もう、そんな季節ですよ。 話が、はずむし、みんなの心が、和む。 湯気の向こう側に 暖かい笑顔が、広がる。 鍋の中では、こんにゃく、大根、昆布、ちくわ、卵、焼き豆腐・・・がクツクツと、小さな音を立てながら、誰かの取り皿に、載せられるのを、待っている。 「どれを取ろうかな?」 と、ちょっと思案して、嬉しそうに目的の物を、それぞれの取り皿に取り、満足げに、ほおばる家族たち。 晩秋の、庭先では、虫たちの鳴き声が、チロ、チロ・・、心細そうに、聞こえて来る。 冬が、すぐそこ迄、近づいて来ているから、虫たちの、にぎやかな合同演奏会は、もう終わりだ。 テレビコマーシャルに出て来そうな情景だが、まだ、こんな素朴な家族の団欒が、そこ、ここで見られる。 朝夕の冷え込みが、本格的になって来ると、やはり、食卓で、人気があるのは、おでん、や鍋料理だろう。 (皆さんの、お宅は、如何かな?) 普通、おでんが、この様に食卓に載るまでには、家族の中の誰かが、買出しから、下準備、煮込み・・と手間をかけて準備するのだ。 しかし、もっと「手軽なおでん」 もある。 例えば、当節、ファーストフードのお店では、アツアツのおでんを販売しているので、出先で、サッと手軽に食べられる。 はんぺんでも、大根でも、好みの物を、好きな数だけ、発砲スチロールの入れ物に入れて貰って、会計を済ませ、小さなポリパックに、入っている「からし」を貰って、「ハイ、いただきまーす!」 (ざっと、こんな調子だ。) 車の中でも、公園のベンチでも、すぐに食べられるので、利便性を考えると、この手の「おでん」の貢献度も高いと言える。 何しろ、みんなが、「食べる人」だから、手間要らずだ。それに、鍋を片付る作業も不要なので、主婦も手抜きができる。 また、スーパーでは、一通りの食材と、煮汁が、ポリ袋にパックされた、「おでんセット」 を販売しているから、独身者や、料理の時間が無い方々には、大変重宝な、食材として、利用されている。 とりあえず、「胃袋を満たしてくれる」 から、有難い存在と言えよう。 合理性を追求して行くと、これも、案外、お勧めのパターンかもしれない。 ところで、最近、テレビで盛んに報じられている、食材の偽装、・・これって、気になりませんか? 賞味期限の改ざん、虚偽表示、・・見つかったら、「ばれたか!」 って感じだから、庶民は、「何を信頼すれば良いのやら? 騙される方が、馬鹿なのか?」 既製品を、重宝に利用している者にとっては、「ユユシキ一大事」だ。 「エエ!ウッソオー、これ、何の肉?」なんて。 「正直者がバカを見る。」 とは、思いたくないが、騙した者が、大手を振って、言い訳をして通る社会は、褒められたものではない。 (イヤだねえ。 こんな風潮は。) 「食」を扱う企業関係者の皆さんには、特に「食の安全」について、真面目に考えてほしいと思う。 (みんな、「信頼したい!」のだからね!) 消費者の方が、こんな悪いニュースに慣れちゃって、「又か?ア、そうなの!」なんて事にならない様に、お願いしますよ。企業には、企業モラルがあるでしょう? 安心して、食べられる美味しい物を、沢山供給して頂けば、その企業に対する信頼度が上がる。 企業にとっては、信頼利益が大きい。 また、我々、食べる側にとっては、安全で、美味しいものを食べる楽しみが、増える訳だから、どちらにとっても、嬉しい事ではないか。 (パッケージを裏返し、目を吊り上げて、添加物や、賞味期限をチェックする必要も無い訳だし、・・・) 「八方丸く治まる」 って訳よ。 農薬や、食品添加物についての心配は、払拭しきれないが、私自身は、安全な材料の選び方や、食べ方について、熟知している訳ではない。 そこで、本を片手に、調べながら、食卓に載せる物の、安全確保については、ボチボチ工夫している。 (下準備の段階で、気を付けられる点には、気を付けて、やるしか無いのだが・・) (まあ、「やらないよりは、まし!」 位かな。) これも「怪しいモノ」 もあるので、時々、疑心暗鬼に陥ってしまう。 「本当に、これって大丈夫かな?」 なんてね。 「そうすると、何もかも危険に思えて、食べられる物が、無くなってしまう! これは、「無農薬」ですよ。 あちらは、「有機栽培」ですよ。 なんて、普段よく耳にするよね。 ところが、私自身、情けない話だが、「減農薬」、「省農薬」、「低農薬」、が、お互いどれほどの違いがあるのか、よく分らない。 それに、こんな狭い日本で、完全無農薬だの、有機栽培だのが、果たして、本当に可能な事なのかも疑問が残る。 (隣の畑や、田んぼから、農薬飛んで来ないのかなあ? 化学肥料は、絶対侵入して来ない?) (「値段が、高いのだから、きっと、特別なんだろうよ!」と、勝手に自分を納得させているけれど・・ 不安はあるのよ。) 今夜は、「おでん」にしようと、張り切って準備しているが、人参も、大根も、レンコンも・・農薬の洗礼を十分に受けているだろうなあ。 (ボソ、ボソ・・イライラ・・) 竹輪や、豆腐は大丈夫かい? ウコッケイの茹で卵はどうだ? (あー、こんな事を心配していたら、折角の「おでん」 もまずくなるから、やーめた!) でも、食卓を預かる者としては、やはり、全幅の信頼を持って、喜んで食べてくれる家族に、「美味しくて、安全な物を食べさせたい。」 と思うのは、当然の事ではないのかなあ? 家族の笑顔を見てたら、健康を、願わない主婦は、居ないでしょうしね。 とりあえずは、少しでも、安全な食べ方を、工夫してみませんか? 「医食同源」だからね。 |
微笑みのギフトを有難う!
2007 / 10 / 23 ( Tue ) 微笑みの輪を広げよう。 |
和太鼓、響け世界の大空に!
2007 / 10 / 22 ( Mon ) 魂に感動を与える、日本の文化和太鼓の響き。
「出羽の守(でわのかみ)」って、言葉聞いた事あるよね? これは、息子から聞いた話だが、時代劇なんかで、使われている「・・・出羽の守」 じゃなくて、今の社会で、「出羽の守」って呼ばれる人たちが居るそうだよ。 あれって、何でも知ったかぶりして、「あそこでは・・」、「ここでは・・」 と、あたかも、何でも知っているかの如く、言いたがる人の事を指して、言う言葉だって。 だから、あまり良い意味で使われる言葉ではないらしいよ。 話している本人は、そんなつもりでは無いのだろうが、聞き手の方は、「又か!ウンザリ・・」 なんて少し、嫌味な思いを込めて 「あの人は、出羽の守だから・・」 なんてふうに呼ぶらしい。 私も、陸前高田市で開催された、「和太鼓の饗宴」についての感動を、伝えようと、本日は、「出羽の守」に徹してみることにする。 何せ、この「出羽の守」 は、和太鼓については、ほとんど予備知識を持ち合わせていなかったので、にわか勉強と、体験によるレポートだ。 (みんなで、この日本の素晴らしい伝統文化を、世界に誇る文化として、考えてみるのも、良い機会ではないのかな?) 第19回目を迎えた陸前高田市、に於ける「全国太鼓フェスティバル」当日は、好天に恵まれ、盛況の内に始まった。 出演者は、遠くは、長崎県から、兵庫県、石川県、静岡県、神奈川県、東京都、福島県、それに、地元、宮城県、岩手県と、広く全国から、一堂に会したものだった。 出演者の年齢層は、小学生から、高齢者まで、と大変厚く、演奏経験も長短様々だ。 小、中学生や高校生は、勉強の合間に練習し、アマチュアグループの大人たちは、本職の仕事の合間を縫って、また、プロの演奏家達は、演奏活動の合間に、其々の立場に合わせて、腕を磨くそうだ。 (私なんかが、ボーっと時間を費やしている間に、この方々は、時間の有効利用を図って、「利他行」に励んでいらっしゃる訳ですなあ。 反省!) それぞれのカラーを持ったチームが、この日の為に、準備をし、練習を重ねて精一杯の演奏を披露してくれた。 全日本ジュニア選手権チャンピオンや、プロの演奏チーム、等に混じって、アマチュアチームの演奏が、聴けるのだから、聴衆は、有り難いサービスを受けていることになる。 (一か所にエラソウに座っていて、これほどバラエティーに富んだ演奏が、次々と聴ける訳だから、贅沢だよね。 そう思いませんか?) (ただ、プラスチックのイスが、少々冷たいので、座布団を持参する必要があったな!、それに出来ればホカロンも・・と、準備不足の自分に反省すること・・・しきり・・) それぞれの演奏チームが、伝統を重んじた演奏の上に、さらに新しい工夫を凝らして、見る楽しさ、聴く素晴らしさ、を次々と繰り広げてくれる。 創作太鼓は、新しい時代の和太鼓演奏のあり方を、演じてくれるので、若いエネルギーと共に、聴衆を魅了する。 プロは、プロなりの多芸多才な所を、惜しみなく聴かせる。 演奏される 一つ、ひとつの音が、生きている。 呼吸している事を感じさせる。 音が、魂を揺り動かすのだ。 すごいパワーだ。 ピアノ演奏と共に、また、鼓(つづみ)の澄んだ音色、笛の優しさと、、力強い大太鼓の響きが、何とも形容し難い雰囲気を醸し出す。 そして、アマチュアは、人々の生活の中にある和太鼓を存分に演じて、 会場を盛り上げ、祭りの現場に人々を、案内して行くから、「音の芸術」 とは、こう言う事なのだと、感動させられる。 鎮守の森やら、海辺の潮騒やらの中で、繰り広げられる「祭り」を感じさせてくれるのだ。 祭りの太鼓、喧嘩太鼓、祈りの太鼓、・・それぞれにリズムと音に命の躍動感がある。 力強くて、素晴らしい。 (元気の無い人、寄っといで〜・・!) 子供も、大人も、全身で、演奏して見せてくれる。 世界の平和と、人々の幸せを願って、演奏を依頼されると、事情の許す範囲で、出かけて行って、演奏するそうだ。 (そうは、言っても、楽器が大きい上に、数が多いのだから、移動も大変ですよね! 移動専門の車でもあれば、良いけど・・) 子供チームのメンバーが、「戦争の無い、平和な世界が来る事を願って演奏している。」と挨拶した言葉には、一人の大人として、とても嬉しく感じた。 「日本の将来に、希望が持てる!」と。 次世代の若者たちに、精一杯頑張って、世界に平和をもたらして欲しい、暗いニュースは、もう沢山だ。 人類の平和共存の為に、和太鼓文化が、貢献できれば、素晴らしい事ではないか。 ドン、ドドーン、と、「音」 でつなぐ心と心だ。 堂々たる和太鼓の演奏は、心と体の元気を惜しみなく分け与えてくれた。 こんな素晴らしい感動と出会えるなんて・・・皆さんも、来年来てみませんか? 和太鼓と出会う為に! そして、心から、感謝をする事を、思い出す為に! 陸前高田の皆さん、 出演者の皆さん、御苦労さまでした。 本当にありがとうございました。 謝謝! (来年をまた、楽しみにしている「和太鼓出羽の守」より) |
感動をありがとうございます!
2007 / 10 / 21 ( Sun ) 和太鼓フェスティバル前夜祭のお話 毎年、ホテルからの料理に加えての家庭料理だから、県外から、参加している一般客には、珍しい物も多く、また、とても美味しかった。 |
のびやかな旅を楽しもう
2007 / 10 / 20 ( Sat ) 快速、スーパードラゴンで、陸前高田へ。 |
里芋の黒焼き「かつら」
2007 / 10 / 19 ( Fri ) 情報のリレーに感謝! |
カラスも知的生き物
2007 / 10 / 18 ( Thu ) カラスの言い分。 ストレスを転じて、平和共存を図る方法はあるか?
今朝は、我が地区の生ゴミ収集日だ。 近所に生息するカラス達にとっては、大いに存在感をアピールするべき多忙な朝なのだ。 最近まで、カラスは、「カーカー」と鳴くものだと思い込んでいたが、どうも近頃は、「カーカー」と鳴くカラスは、ほとんど居ない様に思う。 「アー、アー」は、まだ可愛い方で、「グワー、グワー、ゲゲゲ、ゲゲ」などと、奇妙な鳴き方をするものが、多い。 (カラスもストレスで、あの様な、奇妙な鳴き方をするのかなあ? それとも、残飯に入っている、食品添加物のせいで、声帯が、変になったのかな?) 夏の間は、まだ夜が明けないうちから、近所の神社の高い木の枝から、「グワー、グワー、ゲゲゲ、ゲゲ」と、奇妙な発声練習を始めるから、目覚まし時計は要らない。 「クワ、クワ、クワ・・」と何かの合図なのか、言葉なのか、時々、遠くから聞こえて来るのも、面白い。 しかし、安眠妨害であることには違いない。 カラスは、とても賢い鳥だと聞いているが、悪さをする事においても、念が入っている様に思われる。 感心している場合ではないが、例えば、歩いている小さな子供をめがけて、くわえてきた小石を落としたり、登校中の中学生の頭上に、急降下しながら、糞を落としたり、・・笑い事では済まない被害が、少なくない。 生ゴミの収集日には、クチバシを巧みに使って、網を少しずらして、ゴミ袋の中を漁る。 必要な物以外は、辺りに散らかして行くから、収集車が、来るまでに、箒片手に、何度も、片付けなければならない。 片付けが終わった頃を見計らって、又、人をあざ笑う様に、同じ動作を、繰り返しては、近くの木の枝から、こちらの反応を観察しているから、 こちらもムキになって、又片づける。 辺りに散らかっている物をまとめ直し、また網をかけ直して、カラスと対峙することになる。 人間が、その辺りをウロウロ歩いていたり、片付けていたりしていても、カラスは、平気だ。 飛び去る様子もない。 地面に降りて来たカラスを、威嚇しても、涼しい顔して、ヒョイヒョイと持ち上げた足を、カカッと動かし、方向転換を図ったと思うと、至近距離まで近づいて来て、あの丸い目で、凝視するから、不気味だ。 (平和共存なんて、生易しいものではありませんよ! 「ナメンナよー!」ってこう言う時の為にある言葉でしょうかねえ?) ご近所の奥様で、黄色の袋を使用する事を提案する方がいらっしゃった。 黄色だと、カラスが、悪さをしないそうだ。 何故だろう・・? (生ゴミが、荒らされないのであれば、これは、試してみる価値は十分にあると思いませんか?) 町内会としても、生ゴミの収集場所を、荒らされるのは、頭の痛い話で、あの手、この手と会員一同の協力で、何とかしようと、頑張っている訳だが、・・ ゴミ収集車が、片付けて行った後、辺りは平和になると思いきや・・・・ 今度は、カラス達の飛行訓練の時間だ。 アクロバット飛行の様な事を 平気でやってのける。 走って来る車の前を、超低空で、サッと横切り、飛んでゆく。 悪質極まりない悪戯なのだ。「グワー、ケケケ・・・」だって! 運転している我々は、上空から、黒い物がサッと落ちて来るから、びっくりする。一瞬の予期せぬ出来事に、仰天し、どうしようかと、判断に迷ってしまう。 時によっては、急ブレーキを踏むから、非常に危険なのだ。 後続車がいたら、追突事故を起しかねない。 運転手は、精一杯の注意を、地上に払って運転しているから、気まぐれカラスのアクロバット飛行など、予測して居ない。 (油断大敵だ。) だから、こんな事態に遭遇すると、ドッと疲れる。 今朝の、被害者は、この私。 先ほど、荷物を配達してくれた、宅急便のお姉さんも、被害者らしい。 「カラスが、頭の上に白い糞を大量に落としたので、困りました。 髪の毛は、白い糞で、べとべとになるし、服は汚れるし。 でも、大切なお客様の荷物の上では無かったので、良かったです。」と、こぼしていた。 (御苦労さまですね。 人間だったら、損害賠償ものです。) 人間サイドの都合だけで、ボヤイテいる私だが、カラスにも言い分があるのでしょう。 もし、カラスに文字が書ければ、抗議文など書いて、裁判所に 「それ」 を提出するかもね。 開発の波に押されて、都会の自然が段々と消えていく中、カラス達も生存権をかけて、人間に挑戦しているのかも知れないですね。 物言えぬカラス達から、人間への精一杯の抗議だとすれば、「厳しい顔して、カラス達を睨んでばかりいないで、もう少し、穏やかな目で、彼らを見てやろうか・・!」なんて、考えたり・・ 「カラスのあかちゃん、 なぜなくの・・ コーケコッコのおばさんに・・・あーかいお帽子ほーしいよ、 あーかいお靴も ほーしいよ、と、カーア、カーアなーくのね・・・」 なんて歌っていた、子供の頃の美しい自然と、平和な風景が、懐かしく思い出される。 人間だけが、この美しくかけがえの無い地球を、わがもの顔で、取り仕切っていて、良いのかなあ? 「健康で、長生き」 なんて、人間だけに許された特権だと考えるのは、人間の傲慢さでは無いでしょうか ? こんな事を考えてみると、早朝の、カラスの奇妙なボイス トレーニング(発声練習)も、ストレスと感じず、同情心に変わるかも知れないですね。 どこか、見知らぬ国の、珍しい音楽だと思えば、心穏やかに過ごせるかな? |
オーラストーンの有効利用
2007 / 10 / 17 ( Wed ) 喘息の発作を起こさない工夫 |
寒さに向かう体の準備を!
2007 / 10 / 16 ( Tue ) 本格的な、寒さがやってくる前に、やるべき事は?
今朝の寒さは、この秋一番の寒さだったらしい。 いつもの調子で肩を出して寝ていると、何となく肩口から冷える。 寒さがポンと、小さく肩を叩いて「ボク、寒さ小僧だよ。間もなくボクの季節だよ!」と挨拶して行ったようだ。 (あー、秋が、深まって来たから、ボンヤリして居ないで、冬に向けての、体の準備を、本格的に整えなければなあ・・!) 間もなく、暖かーい布団の中から、出て来るのが、「イヤだなあ・・。」と起床時間を知らせる時計を、恨めしく思う季節がやって来るのだ。 猛暑の夏には、暑さ対策にアクセクしていたのだが、やっと、心地よい秋風と共に、体が、ホッとしているので、「寒さに向けての体力作り」と言う 次の宿題をすっかり忘れていた。 病院では、「インフルエンザ予防接種のお知らせ」を掲示している訳だから、我々も、今から冬向けの、臨戦態勢にはいって、ちょうど良いタイミングなのだろう。 体が、まだ、「暑さボケ」から解放されていないので、寒さへのギアーチェンジを図ることが、まず、やるべき事だろうと考えた私は、早速今朝から、柔軟体操を実行し始めた。 体が、寒さと共に段々と固くなるから、その為のウォーミングアップだ。 関節を特に丁寧にやる。 そして、末梢のケアー。 それに、体温より少し暖かめの水を、補給する事も大切だ。 何でもないことの様だが、意識して、基礎体力をあげる工夫を、しばらく続けようと思っている。 胃腸を大切に。 体を冷やさない様に。 代謝を良くする様に。 小さな事だが、自分でやるべき事は、こまめに実行して、継続する事だ。 そして、何よりも気を付けるべき事は、「心のケアー」である。 人間の体は、心の動きに連動して反応するから、例えば、嫌な事があると、食欲がない。 悪いニュースに遭遇すると、ドッと体が疲れる。 悲しい事があると、眠れないなど・・ の症状が現れて来る。 逆に嬉しい事や、楽しい事があると、食欲が出たり、やる気になったり、 普段以上の力を発揮出来たりするものだ。 近年、ノイローゼや、うつ病が年代を問わず、また、職業に関係無く増え続けているようだ。 心療内科や、精神科の患者数が増大している事は、大きな社会問題だが、「自分流、レラックス療法と言う方法は、無いものなのかなあ?」と模索する。 裁判所に訴訟を持ち込む件数も年々増え続けているし、・・学校の先生たちは、父兄から訴えられたときの為の準備として、訴訟費用に関する「保険」に入ったりする時代なのだ。 話し合って、問題を解決する能力に欠けるのか、昔の様に円満に物事を治めて行く様な、社会的なリーダーの存在も見られなくなりつつある。 だから、心が、ホッと休まる間がない。 自然の中で、のんびり心と体を緊張から解きほぐす作業を、生活のリズム作りに取り入れてはどうだろうか。 カラオケでも良いし、森林浴も、温泉療法も、気の合う仲間と、旅行を楽しむのもお勧めだ。 自分だけの「心の柔軟剤」を持ち合わせる事は、イザと言う時に役立つはずだ。 「風邪をひいた・・どうしよう・・」と、うろたえる前に、原因を究明し、日常生活の中で、それらを改善する様、一つ、一つ実行しながら、風邪に対処する姿勢と努力を、育む事が大事だ。 十分休養を取ることから、バランスの良い食事、適度な運動など、自分で出来ることは、医者任せではなく、自分でやろう! 今日から、冬に向けての心と体の準備をしよう。 本当の意味で、病気に打ち勝てる免疫力を養えるのは、私たち自身の努力にかかっている。 (少しだけ、多めの「体のお手入れ」を心掛けて、無理なく継続する事で、体力は向上しますよ。) 何でも出来る、丈夫な体を作りたいですからね。 自分自身の為に、自分を信じてやってみる事です。 さあ、やり始めてみましょう! 「寒さへの準備プラン実行」を。 |
健康あっての小旅行
2007 / 10 / 15 ( Mon ) 藤沢までの小さな旅 |
健康回復ツールを作ろう。
2007 / 10 / 14 ( Sun ) 「お休みセット」は、自分用に特製で。
最近、「一日の、疲れを残さない為の工夫」を、私流「お休みセット」と称して、アレコレその日の体調に応じて、装着する様にしている。 この工夫をする事によって、、良質の睡眠が取れ、翌朝の目覚めが良いのである。 いろいろと自分の体に有益な小物作りをするのが、楽しみの一つとなるまでに、随分、あちらこちらの商品を探し求めて、試用してみたものだ。 市販されている物の中には、説明書にうたわれている文言通りの効用が得られる物ばかりとは、限らない。 だから、納得するまで、自分で、試してみるしか無いのだ。 サイズが、合わない物や、用途に応じた装着が、出来ない物などもあったり、・・と、自分にとって、有用だと思える物に辿りつくまでに、結構な経費がかかるのは、誰もが、経験済みであろうと思う。 私の場合は、納得いくまで、使ってみて、ダメな部分は、自分用に改善してみる。 もちろん、できる物についてのみであるが。 極力手を加えて、使い易い物に改善し、何度か装着してみるのだ。 (言うまでも無く、手間も、お金もかかりますよ。それに、忍耐が要ります。) 商品を、販売する企業側としては、大量生産による、大量販売と言う事であろうから、「概ね、良かろう。」と言う辺りで、手を打つ事になるのだろう。 企業経営の点から考えると理解できる話だ。 しかし、販売する側の「売りたい物」と、購入する側の、「欲しい物」との 落差が大きい場合が購入者の側には、問題になるのである。 特に、着るもの、身に着けるものについては、改良を加える事は可能だが、 (それを実行するか、出来るかは又別の問題ですよ。)難しい。 だから、販売されている物が、こちらの期待通りか、それ以上のものである時、とても幸せな気分になる。 「何て、今日は良い日なんだ・・大安吉日かな?」なんて思うくらいだ。 しかし、それでも、期待する効果の得られない物は、自分で全く異質の素材を入手して、創作するしかない。 結局、私の場合、いろいろ試してみた結果、「お休みセット」は、「自分の手で、納得いく物を作ろう。」と言う事になった。 (特に、健康装具ですから、妥協は許されません。 たゆまぬ研究と工夫あるのみですぞ!) 素材を、先ず、探しもとめる。 そして、改善に改善を加えて、試着し、その成果を観察する。 もちろん素人だから、数字によるデータなどは無い。 あるのは、体の反応のみ。 痒くはないか。 きつくはないか。 一晩眠った後の爽快感はあるか。 装着した方が、しなかったよりもずっと楽か? 足は、暖かいか? 手は暖かいか? 唇の色はどうか? 目は楽か? 頭はスッキリしているか? など面倒臭そうに思えるが、細かく観察する事が重荷に感じないのが不思議だ。 きっと、自分特製の製品だからかも知れない。 それに毎日頑張る体への感謝と、ご褒美のつもりだから、負担に感じないのだ。 介護の仕事をしている知人が、こんな事をボヤイテいた事がある。 「歩行中の患者さんの脛に力が入らないので、膝サポーターを探したけれど、市販のものは、ダメだったのよ。 どこかで、素材を手に入れて、歩き易い形の物を作って上げないとダメだわ・・」と。 「目的に応じた有効な物は、作るしかない。」と言う結論に達した様であるが、私も「全く同感だな。」と妙に納得した。 それからである。 私の「お休みセット」創作に拍車がかかったのは。 手間も、経費もかかるが、自分にとって最高のものが、出来た時の感動は、一入である。 (やったー!自分用の一点物よ。) 現在、素材としては、自然体で、体に優しいから、麻、木綿、EМ繊維、・・などを用い、染料は、藍染を選択している。 オーラフエルトも得られる効果からすると、無視できない、主役的存在であると実感している。 オーラストーン素材は、手術後の冷えには、文句無しの素材だと好評である。 とにかく、目の為、頭の為、手の為、・・と何でも必要と思われる物を 自分用に作って試してみるのが肝心だ。 どんな有用な物が、出来上がるかは、作ってみてのお楽しみ! 眠っている間に、健康回復を図るための小物類であるから、就寝前の「本日の健康度チェック」は、欠かせない。 「お休みセット」の効果の程が、楽しみ、楽しみ・・ 明朝は、「お目覚めスッキリ」 だな。! こんな仕掛けがあるなんて・・ と、秘かに自己満足に浸っているこの頃 です。 |
種まく人々
2007 / 10 / 13 ( Sat ) ポケットの中の魔法の種。 その種は、一生かかって播いてゆくだけの量がはいっているが、全てを蒔き終わる人と、ほとんどを、残してしまう人がいる。 |
命を預ける愛車のチェック
2007 / 10 / 12 ( Fri ) 車のケアーも、体のケアーと同じ事。
昨日から、ちょっと気になる事がある。 我が、愛車の奇妙な雑音である。 普段は、静かに走っていたのだが、2〜3日前から、ブレーキを踏むと、ゲ、ゲ、ゲゲーと奇妙な雑音が、前輪の下の方から聞こえて来るのだ。 (おかしいなー。何だろうこの音? 大事に走っているに、何が気に要らないの?) 今まで乗って来たどの車も、大体一年に2万キロのペースで走っているから、エンジン音の異常には敏感な方だと思っているが、今回の音は、やはりおかしい・・・ すいすいと走っている時は、とても調子良く、静かに走っているが、スピードを落として、ブレーキを踏むと、ダメなのである。 長い運転歴の中でこんな音を聞くのは、初めてだ。 原因が分らないから、不安を払拭し切れない。 「命を預ける愛車だから、やっぱり、ホンダへ持って行こう。 今日、先ずやるべき事は、車のチェックだ。」 と行動を起こしながら、ふと、あの時の珍事件を思い出す。 あの時の珍事件とは、・・・ (それは、それは、恥ずかしい出来事だったのですぞ。) 以前、弟の愛車が、原因不明のトラブルで、クラクションが正常に働かなくなった事があった。 あの時は、とてもひどい状態だった。 弟が運転していたのだが、ハンドルを少しでも左右に動かすとバ、バアー、バ、バアーと大音響を発するのである。 (これでは、どこも走れないではないか! 隣に座っているのも恥ずかしいや!) ハンドルが、左右に動く度にバ、バアーだから、周囲の人たちが、こちらを振りかえる。 若い女学生たちは、顔を赤くして、チラチラと弟を見る始末なのだ。 なにせ、高校生たちの下校の時間帯だから、顔見知りの近所の女学生も沢山いるわけだ。 「あれー、たかちゃんは、あんたに気があるんだわ!あんなにクラクション鳴らしちゃって、・・・手でも振ってあげたらわ?」 とこうだから、たまらない。 運転手の弟は?と見れば、こちらも又顔を真っ赤にしながら、なるべくクラクションを鳴らさない様にソロソロ走っている。 別に、女学生に気がある訳ではないからだ。 そんな時に限ってバ、バアーと、お構いなしのうるさい音が出るから、女学生たちは、よけいにはやし立てる。 「そんなに鳴らさなくても、 あんたの気持は良ーく分ったからさ!」だって。 バ、バアーの原因を知っている私には、全てが滑稽に見える。 大声で、笑いたい心境だが、そうも行くまい。 その時の、トヨタ自動車までの道のりは、果てしなく遠く感じられた。 そうだ、「あの時よりは、大音響がしないだけ随分ましだわ。だけど、原因不明の分だけは、気持ちが悪いな。 ホンダまで、乗って行って大丈夫だろうか?「車取りに来てもらおうか?」と、心配になってくる。 結局、家事を後廻しにして、ホンダのサービスセンターまで、自力で運転して行った。 ブレーキの度に、ゲ、ゲ、ゲエーと雑音がする。 ブレーキパットが、摩耗してくると、雑音を発する様になるそうだ。 「特別手荒な運転をした訳ではありませんよね?」と、整備士のお兄さんが、尋ねる。 ブレーキを良く使う人は、2万キロでも、ブレーキパットは、摩耗してしまうらしい。 私は、若者の様に威勢よく、急ブレーキをかけて喜んだりする趣味は無いので、思い当たる節はない。 2種免許所持者らしく、車に無理のない運転をしている事には自信がある。 大事な愛車なのだし・・・・なーんで? (まあ、人間で言えば、原因不明の腹痛みたいなものかなあ?) とにかく、修理して貰わなければ、安心できない。 それから、温かい紅茶を頂きながら、待つ事約20分。 タイヤを取り外して、ブレーキパットを、点検し終わったお兄さんが、ニコニコしながら、ロビーに入って来た。 手にしているのは、親指より少し大きめの黒っぽい石だ。 「お待たせしました。 これが、ブレーキパットに、ささっていた小石です。 ブレーキパット自体は、正常です。 修理は終わりました。」と、さわやかな笑顔で説明してくれる。 無料で、点検修理して頂いた上に、美味しい紅茶をサービスしてくれるなんて、有難いことだ。 それに何よりも、笑顔の対応が、嬉しい。 来るときの、不安は一掃され、心地よい気分で、愛車のハンドルを握る私。 調子は、上々、エンジン音も軽やかだ。 みなさん、命を預ける大切な車は、しっかりと管理しましょう。 自己健康管理と同じですよ。 |
臭みも愛嬌のうち。
2007 / 10 / 11 ( Thu ) 銀杏のシーズン到来です。
近所の、神社の境内にある、大きなイチョウの木に、今年も銀杏がたくさんなっている。 少し離れた場所からも、 葉っぱは、まだ、グリーンだが、鈴なりになっている、黄色っぽい実が、よく見える。 (秋だねえ。) 後、しばらくすると、近所の通りがかりの人たちが、小さなビニール袋を提げてこの実を拾って行く、のどかな景色が見られるのだ。 銀杏は、地面に落ちて、異臭を放つので、落ちた物を拾ってくれるのは、大変有難い。 昔から、銀杏は、目に良い食べ物として、珍重されたらしい。 最近、目に良い食べ物としては、ブルーベリーが、広く一般に知られているところだ。 アントシアニンが効くのかな? これは、ジャムや、飲み物として、販売されており、季節になると、生食出来る様に、スーパーや、ファミリーレストランで入手できる。 簡単に、美味しく食べられるので、人気の高い商品でもある。 しかし、目に良いと言っても、銀杏は、そうは行かない。一度にあまりたくさん食べられないし、生で食べる事も出来ない。 第一、拾って来て食べる迄に、相当の手間が、かかりそうだ。 それに加えて、あの独特の異臭だ。 おでんに入れて煮たり、銀杏ご飯にするには、少量で済む。スーパーで、袋入りの物を買ってくれば、十分に足りるので、筆者は、銀杏拾いには例年参加しない。 ところが、ある年のことである。 青森から、貰って来た銀杏を、持て余していた私に、友人が「拾って来た銀杏は、地中に埋めて、外側の実の部分が腐るのを待つのよ。」と、いかにも「大変だ」と言う表情で、指南してくれた。 (地中に埋めて実の部分を腐らせるなんて、大変じゃない・・!それにこんなに沢山どうするの?) 大抵の事には、快く賛成してくれる彼女が、今回は、私の 「半分こにしようよ。」と言う提案を受けてくれない。 絶対に「ノー!」だと言うのだ。 半分貰ってくれれば、大助かりなのに、「こんな面倒臭い事する位なら、食べない方が、幸せ・・」なんだってサ・・・ だからと言って、せっかく頂いたものを、「どうしようか?」と、私は途方にくれてしまったのだ。 (こんなに沢山、どこに埋めて置くの? 場所が無いじゃん。) ところが、考えているうちに、異臭が、日を追って、強くなって来るではないか! 通学する子供たちまで、「これ、何の臭い?」といぶかしげに、 我が家を見まわす始末だ。 (困った、困った、アー、困った・・) 挙句の果てに、「あー、銀杏が、ずっと木にしがみついて居てくれれば、こんな事にならないのにな〜。 それに、あの時、「銀杏は、要らないよ。」と、明確な意思表示をしなかった自分に責任がある。」と自責の念に駆られる始末だ。 考えに、考えた末に、面白い妙案を思い付く。 「やるっきゃないから、とにかく試してみよう。」と、新聞と、大きなポリ袋で、地中に埋める代わりの作業に取り掛かった。 先ず、濡らした新聞紙で、銀杏を何重にも包み、大きなポリ袋に入れて、しっかり口を閉める。 次に、周囲に異臭が漂わないのを確認して、琵琶の木の根元に転がして置く。 ずいぶん長い間、屋外に出しておいた。 ポリ袋の中味が、ブヨブヨして来た頃を見計らって、袋を開けてみた。 何と!! 臭いも無い!! 外側の実だけが、腐って種の部分は、しっかりとして白っぽい顔だけが、こちらを向いて笑っているではないか・・! 「さあ、召し上がれ!」と言わんばかりに。 (成功だ! ウッシッシッシ〜 捨てなくて良かったあ) ダメ元で、試してみたのだが、この方法は、大成功だった。 あの臭みと闘う必要が無く、腐ってドロドロしている実を流水で洗い流して、中の種の部分を取り出すだけで、作業はおしまい。 とても簡単で、臭くないのが、大助かりだ。 後は、保存する為に、お日さまと相談で、ベランダに、良く乾くまで、何日間か干すのみ。 短い冬の日差しが有難かった。 それから、約1年間、我が家の食卓に、この銀杏が度々登場してきた。 工夫した分だけ、味わいが深い。 疲れ目に良く効くと言う事で、有難く頂戴した事は言うまでもない。 「やっぱり、銀杏は、木から落ちて来てもいいよ!」と、勝手なことを考えながら、我が、妙案に自画自賛する。 どなたか、こんな方法試してみませんか? 美味しい銀杏が、沢山たべられますけど・・・・・! |
創意工夫は、誰の為?
2007 / 10 / 10 ( Wed ) 自分の生活に合った物を作る工夫をしよう。
日常生活の中で、生活の利便性を追及し、質を向上させるためにも創意工夫をする事は、必要なことである。 既製の洋服に一手間加えて、着やすくしたり、ちょっとした刺繍を加えたり、ボタンを取り替えてみたりしても、かなり変わった自分だけの物ができる。 デザインから、縫い上げるまでを、自分でする事は、思いつきが悪いが、小さな事に「一手間」かける位なら、面白がりながら、やってみるのも、楽しいものだ。 何事も、楽しくやることが、狙いであるから、ストレスになりそうな事は、止めておくのが、賢い選択だ。 筆者の友人で、プロのデザイナーの洋服を縫う、腕の良い「お母さん」が居た。 子育ての最中には、私たち周囲の者の為に、その腕を大いに役立ててくれた、有難い存在だった。l 一枚の布が、目の前で、立体的な洋服に作り上げられていく様子を、眺めているだけで、楽しかった。 「プロとは、こう言う人の事を言うのだろう!」としきりに感心していた事を昨日の事の様に思いだす。 使っている道具が、体の一部の様に動く様は、オドロキの一言に尽きる。 (同じ二本の手でも、こちら様のは、まるで、魔法の手だ。) 出来あがった作品は、温かさがある。 彼女の口癖は、「自分の着る物は、自分で作るのが、一番着やすい。」だった。 世界中でたった一点しか無い、自分だけの洋服だから、同じものを着ている人に出会わないのも良い。 出来あがった作品をプレゼントされる時は、心が躍るから、不思議だ。 精魂込めて作られた物がまるで、生きている様に感じられるのだ。 「将来、子育てが、終わったら、高齢者の着易い洋服を作って、ファッションショーでも開きたい。」と、夢を語っていた彼女は、生き生きとしていた。 社会貢献を目指して、頑張る事は、生きがいでもある様だ。 年齢、性別に関係なく、「世の中の何かに役立っている。」と言う事が、元気を出させる元だ。 彼女の創作意欲は、少しずつ、私にも伝染して来た様だ。 洋服作りも、時間をかけて教えてもらったが、最も大きな教えは、「物作りの謙虚さ。」だった。 友人として、最高の贈り物を貰った事を心から感謝している。 さて、最近、習った洋服作りが、違った形で役に立つようになって来た。私流の創意工夫が、健康な生活を維持する為に、必要になって来たのだ。 自分自身の生活の質を向上させるための工夫と、創作である。 例えば、長くパソコンに向かっていると、疲れやすい。 それでは、パソコンを使わないで居るか?、何か自分に合った工夫をして、この文明の利器を使い続けるか・・? どちらを選択するのかな? また、肩の凝りにくい着るものの工夫は無いか? サプリメントを摂るだけで、他の工夫は試みないのかな? 宿泊先のホテルで、より良い睡眠を取るための工夫は何か無いか? ホカロン使用時に、低温火傷の心配なく、疲労回復を図れる、まさに一石二鳥の便利で、実用的な素材は無いか・・など創意工夫のテーマは、いくらでもある。 発明、発見、特許などと言う言葉は、我々凡人には、縁のない言葉だと思っていたが、案外、身近な日常生活の中に、ヒントはあるものだ。 難しく考えなくても良いのだ。 企業が、商品化したものだけが、使い易い物とは言えないので、自分向けに、ちょっと手直しすると使い易くなる場合が多い。 また、素材を探して、健康に良い物を作ってみるのは、もっと楽しい。 私は、自分用に、いろいろな物を試作してみたが、結構、満足度が高い。 これらを利用しながら、さらに、改良を加えて見る。 趣味と実益を兼ねて。 著作権登録もやってみたが、これは、さらなる創作意欲に繋がるので、楽しみが増える。 でも、結構変な物も出来ているので、人様には、お勧めできない物もあるが、そんな時は、「失敗は、成功のもとよ!」と自分を励ます。 自分だけの創作の世界を持つのも、生きる事への意欲を養うのに役立つ様だ。 予想以上の物が出来た時の喜びは、ひとしおだから。 目標は、100点の「優れ物」作りだ。 何かを見る時、注意深く観察し、前向きに、「改良点」を模索する。 「生きがい」とは、意外と身近な所にあるのかも知れない。 積極的、かつ貪欲に、創作する事は、ボケ予防にも役立つはず。 何でも役立つものを、考えてみませんか? それって、案外、「幸福のもと」かもしれません。 いつにか、私流、「生活に役立つ優れ物」を少しずつ、お披露目しましょう。 おたのしみに! |
ルチンは、いかが?
2007 / 10 / 09 ( Tue ) 韃靼そばを召し上がれ! |
二ナの提言
2007 / 10 / 08 ( Mon ) 家事は脳を鍛えるのに役立つか? |
都会の秋祭り
2007 / 10 / 07 ( Sun ) 自然の中で 楽しい休日を。
やっと見つかった駐車スペースに車を止める事が出来た。 普段の日曜日よりもはるかに駐車台数が多い。 車から降りると、どこかから和太鼓の演奏が聞こえてくる。 今日は、連休二日目なので、大勢の人出でごった返しているサイボク広場だ。 ここは、埼玉県川越市郊外に隣接する、日高町。 埼玉種畜牧場サイボクハム。 筆者が、安全な豚肉を求めて、頻繁に訪れるスポットである。 土日は家族づれが多く、特別なイベントがなくても混み合っている所だ。 (今日も例外ではないようだ。でも、なぜか普段の日曜日よりもはるかに人出が多い。何か特別なイベントでもあるのかな?) 買い物を兼ねて、温泉施設で骨休めをしたり、手作り教室で、ハムづくりを体験したりと、それぞれの楽しみ方で、休日のひと時を過ごせる場所だ。 この時期、日本各地で秋祭りが盛大に催されている様だが、都会の人たちにとっては、それらしき楽しみ方を提供してくれるサービスはありがたいものである。 都会の秋祭りの様なものである。 広場には、いろいろな屋台が出店し、相当数のベンチが用意されているので、飲食する場所には事欠かない。 思い思いの物を購入して、食欲を満たす事ができるように工夫がなされている。 民間企業の経営努力とばかりは、言えない。 大勢の家族づれが、楽しい一日を過ごす事が出来る場所を提供する事は、社会貢献度が高いとは、言えないだろうか。 近郊から知らない大勢の人たちが集まって来て、イベントを楽しむ事が出来る時と場所を提供してくれるのだから、町内会の秋祭りとは、また一味違った趣がある。 そんな事を考えながら、広い駐車場を横切って、大勢の人々で賑わっている広場に出てみると、そこが、和太鼓の演奏会場であった。 居並ぶ観客の前で、勇壮な和太鼓の演奏が次々と披露されている。 4〜5メートルの至近距離で、ドンドン、ドドーン、ドン、ド、ドドドーン と体全体に震動が伝わってくる。 こんな至近距離で、生演奏が聴けるなんて、何てラッキーな日だ! 全く予想していなかった嬉しい八プニングである。 (今朝の烏骨鶏の半熟卵も、昨日のものとは違って、上出来だったし、和太鼓の演奏もきけるし・・・言う事無しの良い日だ。) 全身で力強く太鼓を打つ演奏者のパワーに圧倒されながら、 軽妙に、また重奏に演じられる和太鼓の世界に引き込まれる様に、聴衆は、大満足な表情で、太鼓の音色に聴き入っている。 (秋だよ!日本人の心意気だよ!・・と語りかける様な太鼓の響きである。) 素晴らしい演奏を楽しませて頂いて、大満足である。 心身共にパワーが漲って来た。 太鼓の持つ不思議な力のせいかな? 今日は、丁度、「ありがトン 祭り」のイベントが催されて居るようだ。 (豚は、トンと読むでしょ。 それで、「ありがとう」でなくて、「ありがトン」になったのだろうと勝手な解釈をしている訳です。?ホント?) ペットの犬を連れたご夫婦、家族、友人、趣味の会の仲間同士・・みんな楽しそう。 談笑にふけるグループ、買ってきた物を見せ合って、それらの用途を説明しながら、お互いの袋の中身を評価し合う婦人会のメンバー達、・・歩行者天国が、そっくり移動して来たような通路の状況は、熱気でムンムンしている。 美味しそうな焼き芋の良い匂いにつられて、1本350円也の焼き芋をベンチでほおばる私たち親子。 売店のご夫婦は、「大きいから、半分こにしてはいかがですか?」とご親切に、半分のサイズにして、手渡してくれる。 2個買うように勧めないのが、人情味を感じるから、人間って不思議だ。 白い紙袋に半分ずつを包んで、笑顔で「おいしいですよ!」と言葉を添えての、心のサービスがまた嬉しい。 大きな「新高」梨と、目的の豚肉を買い込んで、私たちは、西側に傾いている夕陽を眺めながら、帰路に就くが、 まだ、駐車場の入り口からは、どんどん車の列が、中に入って来ている。 明日も、もう1日お休みだから、時間は気にしていないのかも知れない。まだ、営業中だから。(十分お楽しみくださいね!) 日本の社会は、平和だ。 上手に休暇を利用して、気分転換を図ることを、働き者の日本人も自覚し始めた様に思う。 手入れの行き届いた庭園ではないが、車窓から眺める景色は、里芋畑、ゴマ畑、長く続くネギ畑・・など自然のそのもの。 人工的では無いのが返って心をホッとさせてくれる。 疲れた心をソッと癒してくれるテクニックを、大自然は持ち合わせているのだ。 (心の健康って大切ですよ。) 今年の夏は猛暑だったけれど、「我が埼玉にもやっと秋が来た。」と安堵しているところだ。 暑さでダウン気味の体も心も少しずつリフレッシュして、秋の深まりと共に、元気を取り戻して来るだろう。 また、どこかで、和太鼓の生演奏を聴く機会が得られることを、願っている。 演奏して頂いた皆様、御苦労さまでした。 元気を沢山頂いて有難うございました。 また、どこかで、素晴らしい演奏が聴けます様に!! (日本人も、余暇を楽しめる様になって来たのだな〜!) |
友人からのプレゼントは今?
2007 / 10 / 06 ( Sat ) 彼岸花が、やっと咲いた! 買物に行った近所のスーパーで、素敵な親子連れに会った。 |
食の安全を確保出来るか
2007 / 10 / 05 ( Fri ) 安全な食を探し求めよう。 |
末梢治療奮戦記
2007 / 10 / 04 ( Thu ) 体へのご褒美 リング療法 実践編 (3) 久しぶりに空を見上げてみると、雲の間から、所々青い空が広がっている。 「ヨッシャ!、洗濯物が日光浴出来るかもよ・・」と隙間なく洗濯物のぶら下がっているハンガーをベランダに運び出す。 濡れた洗濯物のぶら下がったハンガーは重い。 これを、運び出す作業は、何度か捻挫、骨折を経験した私の手には、少し負担の重い作業である。 けれども、殺菌の為には、ここは直射日光の出番なので、、家族への「思いやり」とばかりに、色とりどりのハンガーを、注意しながら、物干し竿に並べて掛ける。 晴れた日の朝の、どこのご家庭にでも見られるシーンである。 ちょうど我が家の前は、通学路になっていて、平日は、どこからか集まって来た小学生達の列が、幾つも通過して行く。 次いで中学生たちが、思い思いの大きな荷物を手に、おしゃべりに花を咲かせながら、かたまって通る。 最後に少し時間をおいて、保護者に連れられた幼稚園児達が、通り過ぎて行く。 長閑な朝のひと時に感謝。 一連の作業を終えて、「今日も、平和だなあ!」と、心が和んでゆくのを感じる。 暴走する車も見られない。 有り難い事だ。 さて、元気の出てきたところで、今日は、リング治療についての締めくくりとして好転現象の体験についてお話しよう。 このリングは、装着していると、体の悪い部分が、反応して来る。 そして、ひどい場合は、リングが、早い時期にボロボロになってくる。 私の場合、最も顕著に現れた反応は、首に出来たグリグリ(瘰癧)である。 二度目に北条を訪問した日の出来事だ。 頭用リングを装着して、約1時間後、ホテルへ帰りついた直後、右耳の下の方にピンポン玉くらいのグリグリを見つけた。 今朝は無かったのに、ヒョッコリと出てきている。 触ってみても痛くは無い。 おとぎ話に出て来る「こぶ取りじいさん」の話を思い出しながら、考え込む私を見て、北条まで同行して行った姉が言う。「これは、どうしたのかねえ?今朝は無かったのに。 頭のリングのせいかなあ?」と、内心少し動揺している私に向かって、さらに言葉を付け加える。 「大丈夫かなあ? どうやったら治るのかしら?」と、心配そうにである。 質問したいのは私の方だ。 頭のリングで、こんな物が、出てくるなんて、一言も聞いてなかったし、どうすりゃいいのか分からないと言うのが本音なのだ。 動揺を隠しながら、「こぶ取りじいさん」は、どうやって瘤をとったのかなあ・・・などと、他愛のない事を考えて見るが、妙案は無し! 特別思い当たる原因は見つからない。 変わった事と言えば、この頭用リングだ。 きっと、これのせいだ!! 良かれと思って、装着してみたリングなのに、「な〜んでだあ?」と不思議に思う。 治療法が、さし当たって見つからない。 原因と考えられる頭のリングを外して、さっさと外科医に助けを求めるのも一案だ。 だが、みじめな気分で、病院へ行ったら、外科医は,「訳のわからない事をするからだ。」と冷笑するかもね・・・。 それから、約5日が経過した。 その間、暇さえあれば、治療用リンングで、撫でる。 もともと、痛みは無いので、気にさえしなければ、生活に支障は無い。 ただ、少しばかり、目立つ。(外科の先生だったら、切除を勧めるだろうなあ・・・。) 開き直りのついでに、経過をしっかりと観察してやろうと、首の周囲から、肩、指先まで、毎日何度も、リングで治療してみた。原因が、リングの装着によるものであれば、必ずこれは消える筈だ。 (もし、このリングが偽物なら、効き目はないだろう。 その際は、自分自身の選択の間違いを嘆くしかない。しかし、これはちょっとした賭けだ。) 心の中で、こんな葛藤を繰り返しながら頑張った訳だ。 ピンポン玉の様に盛り上がっていたなグリグリが、徐々に高さを失い、平たくなって来始めたのが、その頃からである。 「アンリャ、!山が丘になって来たよ。」と毎日私の首を観察していた家族が、驚きの声を上げた。 同じ様に感じていたのは、私だけでは無かったのだ。 それから、2日程して、グリグリは消えた! まるで、最初から何も起こらなかったかの様にである。 その時、私は、「勝った!私の選択は正しかった!」と感動した。 長い闘いであった。 1週間があんなに長く感じられたのは、初めてだ。 これは、一つの闘いだったのだ。 癌に対しても同じような事が起こるのだろうと推測する。 体の到る所で、同じような現象が起きているのに違いない。 ただ、目に見えないだけなのだ。と納得する。 この現象を理解するには、目立つ場所だった事が、幸いしたと言える。 しっかりと外から観察出来たのだから。 この一連の経過を、共に観察していた家族も、同じ思いだったそうだ。 その後、腰のリングの外側が、緑色になり、手首は、濃い灰色の刺青の様な模様ができ、親指にはめたリングは、一週間程でボロボロになる・・。 首リングを架ければ、脇腹、お腹と痛くなる。耳に装着すれば、今まで何ともなかった耳が、痛み始める。 何度も、負傷した右手のリングは、短期間でガサガサしてくる。 もっと長持ちしてもらいたいと思っている指輪は、簡単にダメになる。 家族中がこんな現象を体験した事を、特筆しておく。 努力を継続していくうちに、みんなが、確実に健康になってきたのだ。 喜ばしい事である。 そんな中で、主人は、比較的リングによる反応は、少なかった。 ところが、今年、左肩の骨を痛める事件に遭遇し、人工骨を挿入した後、しびれの残る指にはめている指輪は、1月ほどで、ボロボロになっているらしい。 (もっと悪い場合は、1週間でダメになった経験もしましたよ〜) ボロボロになっても、はめていると痺れや、痛みが無いので、離せないらしい。 手術をしていない方の指輪は、変化なしなのだそうだ。 当然新しい物と買い替えたいのだが、現在の任地には、安全に荷物が届く保証がないので、しばらく古いまんまで使用を継続する事を余儀なくされている。(必要な物が、すぐに入手できる我々は、し・あ・わ・せ!) こうして、観察してみると、本当に悪い箇所の反応は予想以上である。 悪い何かが反応しているのだろう。 最初の頃、手首に出来た反応を見て、まるで、江戸時代の流罪の刑に処せられた島帰りの手首を、想像させられたものだった。 (アンレ、何だコリャ? 「おみゃあ、島帰りか?」じゃあ済まないよねえ。) デトックス(排毒)現象かな? こう言う訳で、「リングの力が、働いているからこそ、激しい反応が出て来るのだ。」と言う私なりの結論を出すに至っている。 どんな場合も、好転反応はつきものである事を、十分理解していたはずの私だが、このリングの反応には、うろたえましたよ。 でも、体が、本当に良くなる前に、送って来る信号は、案外こんな形で表れて来るのかも知れません。 本来人間の持っている免疫力が、何かの理由で抑え込まれてしまっている事の方を嘆くべきかも知れませんね。 やっぱり、「本物と出会えたのだ!」と感謝して、これからも、この不思議なリングには、日々の健康管理に役立って貰いましょう。 越野先生、Thank you so much!
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末梢治療奮戦記
2007 / 10 / 03 ( Wed ) 自分流リング療法 実践編 (2)
日本の中小企業の社長さん方は、商品開発に独自の創意工夫をされる方が多い。 当節、海外の安い商品が歓迎される中、アッと驚くような物を開発されてるのを見聞きして、「日本の企業も安泰だ。」と喜んでいるのは、私だけではない筈だ。 ある社長さんなどは、夜寝る時も必ずノートを近くに置いて、いつでも出てきたアイディアを、その場で書き留められる様にしているそうだ。 (さすが、創意工夫のある方は、違いますねえ!) ところで、今朝、面白い商品をテレビで紹介していた。 防災用のグッズで、インテリアとして、普段は目立つ場所に置いて楽しみ、いざ災害のその時には、セットされている防災グッズを取り出して使う仕組みらしい。 普段インテリアとして、家族の目に触れる所にあるから、探す手間がかからず、誰にでも持ち出せるから、サッと利用出来るのが、ポイント。 災害に備えて、多少なりとも普段から、防災グッズを用意しているご家庭はかなりあると思われる。 しかし、問題は、突然やって来る「その時」 に間に合うか、タイムリーに役立つかである。 いざと言う時には、うろたえて、どこに仕舞ったのか探すのにも手間がかかる。 保管したはずの場所に肝心の必要なアイテムが、見つけられなかったり、保管場所が、一か所では無い場合には、捜し回る・・など案外期待通りには役立たない場合が多いのである。 この様な、場面を想像してみると、これは、良い工夫だと感心する。 非常に合理的なアイディアだ。 災害時の教訓を生かして、新商品を開発された方に脱帽だ。 「備えあれば、憂いなし!」ですね。 ところで、災害用品ではないが、病気や、突発的な怪我の「その時」に役立つリングの利用法を本日のテーマとしよう。 昨日の続きですぞ。 知っておいて損は無い備えについての、私流利用法である。 治療用リングは、擦ったり、撫でたりする以外に、急な発熱の時に冷水で冷やして、脇の下や、頭を冷やすのに役立つ。 腰用リングは、腰痛に対応するのが、主目的であることは、言うまでも無いが、次の様な利用法がお勧めである。 普段、くっついている方を腰に当てているが、お腹の調子が悪い時には、前後を反対にして、くっついている方をお腹にセットすると、 お腹がスッと楽になる。 風邪などで、胸苦しい時は、肩にかけると呼吸が楽である。 筆者は、就寝時によくこの方法でリングを利用している。 背中が痛む時には、選挙の立候補者が、懸けているタスキの様にしょってみると、予想以上の効果が得られた。 貼り付け用は、凝っている所や、痛い場所に貼り付けて使用する。 ツボの上に貼り付けて使っても効果がある。 鼻用リングは、難聴の方が使用されると効果的だそうだが、筆者は別な目j的の為に利用している。 過労気味の時、2個をセットで耳たぶに挟む形で装着すると、深い睡眠がとれ、疲労感から、解放される。 翌朝はお目覚めスッキリ、頭シャッキリなのに驚く。 日中耳に付けていても、イヤリングの様なので、違和感が無い。 (ちょっと、可愛く見えますよ。) その為に、耳には、子供用のリングを使用している。 元来鼻用だから、喘息の発作の起きそうな時には、普通サイズを鼻に装着すると、呼吸が楽になる。 飛行機で旅行する際には、気圧の変化に対応するべく、装着してみたが、耳鳴りや、頭痛から解放された。 長時間の空の旅には、私にとっての必需品である。 不思議なもので、鼻にヘンな物をくっつけているけれども、ジッと見られるだけで、誰も、これが何であるか質問してくれない。 (アフリカの原住民みたいだ・・!と、内心おかしく感じている様な表情は、している様なのですがねえ。) 去年、肺炎を起こした友人に、このリングを装着して様子を見てもらったところ、ティッシュペーパーを一箱使い切るほど、洟が出たそうだ。 出るものがすっかり出てしまったら、それでおしまい・・詰まっていた鼻がスッキリして、楽になったと言う報告が来た。 (もちろん、感謝されましたよ。) その他、耳用、頭用、首用、マル秘用、など用途に応じて使用すると、目的は、十分達する事ができる。 期待に応えてくれるスグレものだ。 この、不思議なリング、使用法や、効用については、枚挙に暇がないが、北条(現在は松山市)の先生の所には、相当数の具体的な事例に基づく報告書が届いているそうだ。 治療用リングの話に戻るが、手足に限らず、全身をほぐすように撫でると、全身の無駄な力が抜けて、本当に楽になる。 家族間で、試してみると効果テキメンだ。 また、緊急事態に備えて覚えておいてほしい事がある。 楽しい筈の旅行中に転倒した場合には、携帯しているどのリングでも良いから、それで、患部を撫でてやると、大事に至らず、痛みからも早く解放される。 この事も、イザと言う「その時」に役立てて欲しい。 いろいろと使ってみる度に、新しい発見があるこの不思議なリングは、私にとっては、保険の様なもの。 まさに「転ばぬ先の杖。」、「備えあれば憂いなし。」の小さな助っ人である。 「ありがとう!今日もお願いするよね!」と、今から自分流リング治療始めまーす。 興味ある方は、是非お試しあれ! 次々と新しい発見があり、自己健康管理の楽しみが増えますよ。 今日も一日、良い事が、沢山あります様に!! |
末梢治療奮戦記
2007 / 10 / 02 ( Tue ) 自分流リング療法 実践編
今の心境は、グレゴリアンチャントまたは、ご詠歌を聴いて瞑想をしたいというところだ。 音楽は、いろいろなジャンルがあって、その時々で、聴きたいと思うものが異なっている。 おそらくその時の自分の心と体の状態によって、欲するものが、違ってくるのだろうと思う。 あまりにもおぞましい事件が多い今日、心の安らぎを求めて、静かに瞑想し、偉大なるものとの対話を祈りのなかで、実現される方々も大勢いらっしゃる事だろう。 仏教の教えの中で、「利他行」とか、「布施の心」とか聞くけれども、この教えは、私たち全ての者に対して生きる事の基本姿勢として送られているメッセージだと深く感じる。 宗派、年齢、国籍・・に関係なく、また、時代の変化と共に変わることのない、教えだと思う。 「自己健康管理のススメ」で、筆者が伝えたい思いは、「心と体の健康管理」であるから、体の健康に関する知識や、技術の切り貼りではない事を強調したい。 生かされていることへの感謝の心があってこそ、元気で社会貢献ができるのであるから、この基本を理解して頂きたい。 今日は、リング療法を、実践して行くのであるが、あくまでもこれは、私流であるから、 本筋ではどの様に実行するのがベターなのかは、各自で、研究、実践し、疑問のある部分は、北条(松山市)の先生にアドバイスをお願いする事をお勧めする。 では、「利他行」を実践できる為に、頑張ろう! リングの利用方法として、自分で実践出来る体の部分と、手の届きにくい部分があるので、まず、このリングの開発者の先生の提唱されている末梢治療に関する部分について述べる。 私は、両手、両足、については、まず、手首から先、足首から先を治療用リングで、こする。 上下、左右そして関節の周囲、爪の生え際から、爪の上、を万遍なく暖まって来るまで、やる。 指の付け根の間、(八邪とか言われた様だが・・)は、ユー字型のリングが使い易い。 ここは、ギュッと押す。 痛いですぞ〜! 皮膚を傷付けない為に、時々、本藍染のガーゼで覆ってこすることもある。 傷ついている部分は避けること。 皮膚が剥けるほど馬鹿力を入れてこするのは、厳禁だ。 手首の周り、足首の周りは念入りに、小さいリングで押したり、撫でたり丁寧に、愛情をもって治療に当たるのだ。 手足は、目立たない存在だが、体の異常をいち早く教えてくれる大切な信号の役目を担っていると感じている。 例えば、足の土踏まず、足首の真ん中あたりが、他の部分と異なる感覚があったり、くるぶしの骨の下あたり、とか、その日の体調によって不調を感じる部分が異なる事に、段々と気がついてくるものだ。 足の指先が、歪んでくると、どこの内臓の異変を知らせて来ているのかな? と探偵まがいの事を勉強するのも、興味深いものだ。 とにかく、手足の先まで、新鮮な血液、リンパ液、ホルモンなど滞りなく流し、また、老廃物を返す、という循環が、滞りなく行われるように、チョイと力を貸す訳だ。 手足の冷え、便秘、肩こりなんかは、病気のうちに入らないと思ったら大間違いですよ。 この段階で気を付けることだ。 大事に至る前に。 次は、両腕、両脚。 これは、面積も広いので、できれば、大きい治療用リングを使うと効率が良い。 私は、サイズの異なる治療用リングを、適材適所に使う事にしている。 その理由は、治療に当たる手が疲れてしまわない為である。 手足の付け根から、手首、足首までの間に、しこっている部分や、特別強い痛みを感じる部分は、要注意と言う事である。 丹念に繰り返し擦ってやると良い。 段々としこりがとけて、柔らかくなり痛みが薄らいでゆく。 こんな作業を、「いつもお世話になって、ありがとう。」と言う思いを込めて繰り返してやると、効果は抜群。 「なんで、こんなに悪いんだ! 全く手がかかって、ショウガナイな!」なんて、不満をもらしながら、治療しないことだ。 手だって、足だって、目立たないけれど、どれだけの貢献度があるか? 考えてみる事だ。 脳の指令に従って、奴隷のごとく日夜尽くしてくれているではないか! 褒められることも、感謝される事も無くである。 感謝の心を忘れないことだ。 充分時間をかけて、感謝の心を持って、丹念に治療する事だ。 痛さを克服して、一通りの治療を終えた時、手足だけでなく、体全体が、レラックスして、軽くなっているのに気づくはずだ。 「足って、こんなに軽かったのかな? 背中も、亀の甲羅を下したみたいだなあ。」と感じる。 この爽快感は、体験してみなければ分らない。 手足の治療を終えただけで、これほど体が楽になるのだ。 ビタミン剤や、サプリメントを摂った時の感覚とは、違った、爽快さを味わう事が出来るわけ。 今日のレポートは、ここまで。 自分を労わり、感謝の心を持つこと。 それが、「利他行」の第一歩だ。 「自分だけ良ければ良い。」と言う事ではありませんよ。 自分を大切に思うから、他人にも優しくなれるのです。 他人の苦しみや、痛みが分かってくるから、より深い理解が持てる。 お互いに、自助努力してみましょう。 出来る事からやれば良いのです。 三日坊主も、四日目から又新しい三日を始めればよいのだから。 だから、わたしは、小さな助っ人(リング)をいつでもポケットに持っているのです。 いつでも、どこでもを合言葉に、・・継続できるからね。 |










